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ずっと止まっておりました、支援活動報告。

1回目の支援活動報告もアップできていない中で、2回目の活動からも時間が経ってしまった今。

正直どこからどんな風に書いたらいいものかと途方にくれてなかなか書けずにおりました。


しかし、いろいろ考え、

一回目の支援活動の続きから、そのまま書いていくことにしました。


やっぱり、この支援活動の件は、
自分自身の記録を含めてちゃんと残しておきたいと思うので、
2ヶ月巻き戻しとなるけどしっかり書いておこうと思います。

震災から3ヶ月以上経った今。
現地への意識もうすらいでいる今だからこそいっしょに振り返っていただければと思います。


そんなわけで、4月の岩手支援活動、2日目からの報告です。



前回もお伝えしましたが、
私たちのメンバーは4人。

そのうちの2人は姉弟なのですが、2人の実家はお寺なのです。

もともと、彼らのお寺のご縁から繋がった今回の支援活動だったのですが、
弟の三田村龍伸君(私の呼び名で、以下龍ちゃん)は実際お坊さんでもあるのです。



そこで、
今回の支援活動の活動の一つとして、がれきの町を行脚することになりました。

未だ下敷きになっている方、
いまだ遠く海のかなたに流されている方がいます。

なので、ご供養して歩こうということです。


わたしとてっちゃんはお寺には関係ないのですが、一緒に歩かせてもらうことになりました。

朝早起きをして、釜石の仙寿院から始めました。

ここは、津波が押しよせる映像がとられたので有名な場所。


2日目:釜石行脚 - 008


高台のこの場所に多くの人が集まってきて
そしてあの信じられない津波を見て、恐怖におののいていた場所なんだと思うと胸がぎゅっとした。



太鼓を叩いて

「南無妙法蓮華経」とお題目を唱えて、龍ちゃんを先頭にみんなで歩いた。


正直初めは、
ちょっと「恥ずかしい」ような気持ちと、

あたしなんかが、こんなことしていいのか??・・という気持ちが入り交じっていたのだけど

実際に声を出し、行動しているうちにそういう想いは消えて行きました。



ご供養・・祈り・・・

決して宗教に従事している人しかやっていけないことではないんだなあって。


お墓参りするように・・

原爆記念碑の前で祈るように・・


「その気持ち」「その想い」を持つということが一番大事だと思った。



     「南無妙法蓮華経」



そう思ったら、うわずった声がしっかりしてきた。



2日目:釜石行脚 - 026

釜石のがれきの町を歩く。

車で通り過ぎるのとは全然違うリアルさを改めて感じた。


2日目:釜石行脚 - 020


太鼓の振動に乗って、この想いが届く様に心を込めてお題目を唱える。



2日目:釜石行脚 - 030



当時の津波がどんな風に押し寄せてきたのかが想像できる建物の状況。



2日目:釜石行脚 - 036


家は本当に流されていた。

家が流されたって知ってた。ニュースやラジオや雑誌で知ってた。

でも、こうやって生の現状をみた時に「家ってこんな風に本当に流されるんだ」ってことを知った。



2日目:釜石行脚 - 053


車もウソみたいに流されていた。


2日目:釜石行脚 - 044


こんな魚も流されていた。


大きさじゃないけど、
やっぱりこんな大きなお魚みると、動物のように思えて、


人間だけじゃない。

海の世界も被害にあったんだ、、と認識させられた。



2日目:釜石行脚 - 091


広がるがれき。



2日目:釜石行脚 - 065


流された家と車。


何度も繰り返されるこの風景。



2日目:釜石行脚 - 062


こんな、電柱に車が突撃した風景がわたしたちの周りにあったら一大事の風景。


でも、ここではほんのパズルのワンピースにすぎないってことに改めて悲しい気持ちになる。



2日目:釜石行脚 - 066


商店街に流されてきて放置された車と、積まれたがれきの塀。


まさか、こんな街中がこんなことになるなんて想像していなかっただろう。


2日目:釜石行脚 - 075


実際に建物の中の惨状を見ると「ここに普通に人が生活していた」というリアル感を改めて感じさせられる。


2日目:釜石行脚 - 076

これはスナックかな~。

ここで働いていた人。

ここに飲みにきていた人たちはどうなったんだろう。



   釜石のナイトライフが消えた。


「人」という視点でなく「街」という視点で見たときに、

いろんな街の機能が「死んじゃったんだ」と思うとまた切ない気持ちになった。





この行脚をして、

この生の現状の中に身を置く事によって、

この建物・車・がれき・壊れた電信柱・めちゃくちゃな店内・・

そんな状況そのものに、辛く、苦しい気持ちを語りかけられたような気がした。



「人の営み」ってものがよく感じられる市内商店街だから、なおさらだったんだろう。



わたしは2年前にこの釜石も車で通り過ぎていた。


知っていた場所がこうなるっていうのはさらにぐっと心に染み入るものがあった。
   


     涙が勝手に溢れてきていた。



行脚のゴールは、釜石の街の中心にある石応禅寺。



さっきまでの惨状が悪夢だったと思わせるほどの

青空にさくらが映えた美しく穏やかな佇まいだった。



2日目:釜石行脚 - 082




なぜここは被害がないんだろうと不思議な気持ちになる。

神社仏閣は場所がいいところに建てられるとはいうけど、
やっぱりそれ以外にも特別なパワーがあるのではと思わされてしまう。
まるでここは、あの世、極楽なんじゃないかと思うような絵だった。




2日目:釜石行脚 - 084




このお寺の周りにある霊園は、
この日本の歴史的瞬間をみる観客のように、
一つ高い岡の上で、全く被害を受けずに見事に立ち並んでいたのがとても印象的だった。



パンション釜石 - 01




ご先祖様達は何を思ってこの未曾有の災害を見ていたのだろう。






お寺の中には遺骨が沢山並べられていた。


それを見て、やっぱりあれは悪夢じゃなくて現実だったんだとまた引き戻される。


そしてまた涙が出た。


ただ、心から、犠牲者の方のご冥福を祈った。



      このお寺に感じられるような、極楽におられますように。。





被災地で支援活動をする上で、
初期の段階でこの行脚をさせてもらったのは本当によかったと思った。



リアルな状況をより自分の肌で感じ、

そして、心からその悲しみ辛さに寄り添う機会を持てた事。


これがなかったら被災者の方との接し方やその温度は違っていたと思う。



この機会を与えてくれた三田村家に感謝です。



そして、この想いに浸る間もなく、足早に次の支援活動に移ったのです。









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