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さて、岩手のボランティアに行く前の日記が途中で終わっていたのでその続きです。(^^;)

前編の日記はこちらです(→>
岩手支援に行ってきます。


しつこい&じらしますが話はまだ神戸であることをお許し下さいませ(笑)


今回の岩手支援までのいきさつの中に、
神戸でのたくさんのミラクルな出来事や出会いもあったのですが、


もうひとつ自分に影響を与えた大事な場所があったんです。


それは、東京を出る前日(出発朝まで飲んでいたので当日?!)に一緒に飲んでいた人に

「神戸にいくなら是非いっておいで」と勧めれた場所。
(これも一種お導きでした)


そこは


神戸 - 091

「人と防災未来センター」
ここは、

阪神淡路大震災の記念館であり資料館とでもいいますでしょうか。


神戸 - 092


モダンな建物の中には

震災体験ができる設備や
いろんな震災時の資料があり、

体験談なども聞けたりします。

詳しくはこちら(→人と防災未来センター



今回の東北関東大震災で何かしたい。。。


でも、

何事を始めるにも、

自分にとって「リアル」でないと
なにかしら「自分の体験」として受け取れないと、
ほんとに心の底からそのためのエネルギーも行動力もわき上がらないということを知ってる。


だから、私はなにかに興味をもったら

できるかぎり直接話を聞いたり、
その場所に身を置く事にしてる。



だから、

この神戸の土地では、知り合う人にはなるべく震災の体験を聞いた。


そして、このセンターを訪れたきっかけもその目的のひとつ。




    阪神大震災のできる限りの知識にふれ、体験をしてみよう。




受付で

「見学の所要時間はどのぐらいですか?」と聞くと

「1時間半ぐらいです。」といわれたのですが、


出たのは4時間半後。


と、いっても、夕方用事があったので足早に切り上げたわけなので実はもっと滞在していたかった。


震災時の事のみならず、震災後の問題、被災者の苦悩etc...

ここには沢山の資料があった。






まず入ったのは震災体験ルーム。


小さな映画館のようなホールに入ると、間もなく扉がしまる。


目の前の凹凸ある大きなスクリーンに映し出される地震発生時の映像のリプレイ。

地震の揺れを表現すべく効果的につくられている。


立っている事と、
すごい音響効果のせいか、結構な臨場感を感じた。




淡路島で崩れ落ちる民家。

神戸で崩れる高速道路。

三宮で激しく崩れるビル、駅。。。



自分でもびっくりの反応だったのだけど


     胸が震えて動機がして涙が出てきた。



淡路島にも訪れ、

しばらく神戸に滞在していて町並みにも慣れて、土地にすでに愛着が湧いていたからなのか、、、


今回の東北の震災とだぶったからなのか。


なんで涙がでたのかはわからない。

何かが崩れる様は人の心理に不安感をかき立てるのか・・。



不覚にも涙が止まらなくなった。



わたし以外にはひとりのおじさん。



映像が終わると、
きれいなエレベータガールみたいなお姉さんが事務的に別の部屋に案内してくれた。


涙が止まらない自分がなんだか恥ずかしかった。



次は、一般的なスクリーン映像。


また震災時の映像を見せられた。


さっきよりも涙が止まらなくなった。

拭っても拭っても涙が止まらなかった。



1995年。1月17日。

16年も前の過去の映像が鮮明にフラッシュバックしてきた。


私は愛知県の大学にいた。


場所柄中部・関西の人が多かった。


そして、神戸の人も多かった。


私のクラスやサークルの先輩にも沢山神戸出身の人がいた。



その日は翌日が試験だったので、
夜中3時まで勉強していたから、短期集中!と爆睡していて地震に気づかなかった。


父親が心配して朝5時半頃「地震あったか??」って電話してきてくれたのだけど、大事な日にとんだ睡眠妨害じゃーと怒って切った。
(今、思えばひどい。。)

朝起きたら、ビートルズの陶器の人形が床に落ちて無惨に首がとれていた。



    なぜか、その首がとれたビートルズの映像がやたら何度もフラッシュバックした。
    (なんとなく、絵的にショックだったからかな・・)



2度寝して、ニュースも見る間もなく試験のことだけ考えて大学に向かう。


大学に向かうバスのラジオではその地震で死者が数百人と聞いてびっくりした。
家に帰るバスでは死者が数千人になっていて初めて事態の大きさを知ったんだった。


そして、
大学時代の友人、先輩の映像が交互に鮮明にフラッシュバックした。



しばらく会話を交わし、それから「原付で帰る!」と、心配そうな顔で足早に走り去り神戸に向かったKくん。


観音開きのタンスがうまく開いて寝てるおとんの上に落ちてきたから助かった~と話してくれたSちゃん。


友達が亡くなってしまったというY先輩。
学食で見た悲しそうに落ち込んでいた顔。



何度も何度もそんな映像が交互に交互にフラッシュバックしてきた。



そうなんだ。


涙が止まらなかった理由がわかった。



それは多分、、、




       罪悪感。






あのときのあたしは

神戸の友達や先輩がそんなことになっていたのに、
何もしなかったし、何かしようともしなかった。



こんな不幸に見舞われた人にどう触れていいかわからなくて・・
なんと言葉をかけたらいいかわからなくて、

自分の発した言葉が逆に相手の悲しみや傷に塩をぬるようになるんじゃないかと怖くって、


どうぜ、自分なんかが何を言っても、何かしても変わらないと思って・・


   結果、なーんもしなかったんだ。



想いを込めた言葉を一生懸命考えて伝えるなんて事すらもなかった。





    逃げた・・?



ふっと「友達づたいにでも、神戸の被災地にボランティアにいこうか」と思った。


でも、
特に真剣にそれを求めて調べることもなく、思いは通り過ぎて終わってしまった。




そのあとはすぐ春休みで、、、

だから震災に関連した友人にも先輩にもほとんど会わなくて、
目の前からその光景が消えると共に、

また意識は薄れた。



今思えば、あたしは結局「他人事」だったんだろうなぁと思う。



そんな自分に対して、罪悪感というか、、、


・・・いや、なんかこの言葉もしっくりこないんだけど、



とにかく身近に神戸の人がいたのにも関わらず
何かしたいという気持ちがありながらも
何もできなかった自分というのにずっとわだかまりを持っていた事に気がついた。




今の東北関東大震災でも思うけど、


みんながみんな直接何かをしなきゃいけない、現地にいかなきゃいけない、
大きな募金をしなきゃいけないとは思わない。


うーん、相変わらずうまい言葉でいえないけど、

大事なのは「想いと行動が一致する事」なのかな、、と。



「大変だと思うけど、自分には直接何もできない。だから募金だけする。」

「助かった人は経済をまわさなきゃ行けないと思うから、自分の仕事をよりがんばる。」

「被災しなかった命を大事に、より感謝して生きる。」

「亡くなった子供達のために、自分はもっと子供を生んで育てよう」


etc・・ etc・・


想いと行動(選択・決断)が一致してればいいと思うんです。


募金の額にしても、経済状況あわせて自分の想いと折り合いがつく額を募金できたらいいと思う。



でも、やっかいなのは、

「何か直接したい」のに、「しない」


    想いと行動が伴わないこと。






人と震災未来センターから帰ってきて数日後、


強くくっきり心に浮かんだ文字。



 「被災地に行く!」




  「何かしたいんだけど、今じゃない」

  「でも、もどかしくてたまらない、、だって今回は自分の故郷だよ??」

  「これだという人と出会った時に、そこに募金をしよう、活動を支援しよう・・」


神戸滞在2週間目。


そんなふうに毎日心が定まらなかったあたしの心はやっと固まった。


はっきり心が決まった。



「いつか、誰か、いつか、誰か、いつか、誰か・・・」


そのどうどうめぐりにきっぱり終止符を打つ決心もついた。



「今!自分が!」







さぁ、じゃあ、あたしは何するんだ?



    そこはまだわからない。



でも、「わからないから動けない」っていうのももううんざりだった。



  「まずは現地に行って見る!体でまず現実を知る。それがスタート。」


それでいいと思った。


もうこの神戸で、

十分すぎるほど私の内側に埋もれていた想いは完全に引っ張りだされて、

そんで、火をつけられたんだ。



ひょっとしたら、


あたしが本格的に何か動けるのはこれから数年後なのかもしれない。

でも、それだってまずは「今」の現状を知っとかなきゃ、数年後の準備なんてできない。



でもね、でもね、とにかく!


あたしが、「いつ」「何を」すべきだってことすら、


もう「考える」のは終わりにしたかった。


動かなきゃ、なんにもなんにも始まらない。



まずは「他人事」を消す事からはじめたいと思った。



この震災センターでは沢山の資料があった。

避難所生活と、医療問題、その後の住宅問題、心の問題。。。すごく勉強になった。


でも、やっぱり


「わかんない!!」と思った。


特になんでも体験でしか物事を理解できない私は

現地にいかなければいけない!と思った。


だから、いままでアウシュビッツも平和祈念館にもひらめけば足を運んできたんだ。





そんなときに、
震災後、ボランティアについて、疎開についていろいろと語りあっていた友人のてっちゃんからメールが来た。




        「オレ、友達と一週間被災地に行く事になった」





             !!!!!!!!




   


そして、即返。


           「それ、あたしも乗れる?」





返事が来るまでの数日間、不確定だったけど、

でもあたしは行けると信じてた。



そしてやっぱり一緒に行ける事になったんだ!





続く→




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