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一昨日、
ちょっとがっくり心が落ちるような気分になって、
そのまま生気が全部体から抜けた気がして、そのままソファーに横になった。

よく、「ショックで寝込む」ってあるけど、
なんで、人間はショックを受けるとぐったりするんだろう??なんて疑問符抱きながら

ぐったりしてる時間がもったいないから本でも読むかと読んでいた。

すると、

いつの間にかそのまま眠りこけてた。


どのくらい、寝ていたんだろう。

はっと目が覚めると、


すんごい頭痛!
すんごい腹痛!


 ・・・・動けなかった。



とっても怖くなった。


   「このまま症状がひどくなったらどうしよう。


今ですら動けない自分を思うと、
悪化したら、絶対にひとりでタクシーのって救急病院にも乗り込めそうもない・・・・


  ひえー!


かといって、救急車呼ぶのはめっちゃ抵抗&罪悪感あって呼ぶ勇気はない・・。
(なんかもっと吐血とかせっぱつまってないといけないような気がしちゃう・・


ひとり暮らしのみなさん、こんな恐怖ありませんか?

きっと、誰か友達に連絡すれば誰か助けてくれるんだと思う。

でも、みんな自分の生活を想像すると、みんなそれぞれ生活に精一杯だろう姿が浮かぶ。

いくら友でも迷惑はかけたくない。

こんな状況伝えるのすら抵抗がある。


・・・とりあえず、着替えよう。
こんなジーパンはいたまま寝ちゃったから、苦しいだけかもしんない。


立ってみた。


うぅぅ・・・・きぼちわるい・・・


トイレに駆け込む。


吐いた。(お食事中の方すいません・・


今まで、「吐き気」とはいっていても、こみあげて吐いたことはほとんどなかったから
なんかちょっと怖くなった。

なんとかベットに戻る。


気持ち悪い。
頭痛い。

なんか眼球がどくどく飛び出るような頭痛が続く。

心臓がぎゅーっと痛い。


   動けない。


胃もキリーーーーッと痛い。


   動けない。



気がついたら、「助けて」「助けて」って宙に助けを求めていた。


自分ひとりで苦しんでるのが恐ろしくなってきた。
病気の時の負の思考は増大するもんで、「孤独死」なんてことも頭をよぎってしまったりして、
自分で自分を恐怖に陥れる。


・・でも、かといって誰か特定の友人に求めることは性格上できない。。
    (てか、みんなそうでない?)
    (家族だとヘタに心配させるし・・ね。しかもうち遠いし。)


そこで、


思わず枕元にあったiphoneにおもむろに手をのばし、ツイッターにその胸中をつぶやいてみた。
   


          
   


今思えばあほらしいけど、(^^;)



でも、その時はそれだけでちょっと気を落ち着かすことができた!



「ツイッター」、、たまにやってるけど、

いまいち乗りきれず、「これってどーなの?」って思いながら眺めていた私。


でも、この時ほど「素晴らしい!」と思った時はなかった。



不特定ゆえに気負いはない、、、
でも、友達には伝わってる、、という微妙な安心感。(笑)



翌日はありがたいことに、いろいろコメントをもらった。

「ちゃんと水は飲んでね」

あー、気がついたら24時間全然水分とっていなかった。

ふらふら台所でボトルとストローを探して、床に沈む。


病気の時は完全に頭がまわらない。
正常な判断と思考ができない。
これちょっと間違えれば脱水症状だったよね。

ありがたい。




「困ったときはご近所さん。病院つれていくよー。本当に。」

あー、そーいえばご近所さんがいたんだった。

ご近所さんゆえに現実味がある。
ご近所さんゆえに申し訳なさ度が低めになるのはありがたい。w

なかなか本当には頼めないにしても、申し出があると、万が一の時への思考エネルギーが全然違う。

最悪の甘える先があるということだけでも本当に心強かった。



病気のときってすごく気弱になる。
そしてその気弱さとか不安感が余計に具合を悪くしちゃうんですよねー。
「負」のスパイラル。


「大丈夫?」


その一言だけでも、すごく安心感をもらえる。



そうだ、去年の今頃もそういえばあたし、死にそうになっていた。

そのときお医者さんの友達が

「病院行くよりも、睡眠と家族・友達」


っていっていたな。

ほんとうにそうだなぁと思った。



そんなことを考えながら、コメントをくれた友達にぐったりしながらも返信。
iphone(携帯)って本当に便利。
寝ながらなんでもできるんだもんねー。



その人その人への返信で、自分から湧き上がる言葉も変わる。

病気で意識が変に集中しているからか、返信の瞬間に、その人の何かと繋がれた気もした。

ちょっと不思議な感覚だった。


ある人のお見舞いメッセージに返信した。

「24時間寝込んだ今、これは閉じこめていたものが一気に体に出てるんだって気がします。
素直に生きることと理性のバランスは難しいね。」


なんとなく、
メッセージをくれたその人の事を想像していたら、
そんな言葉が自分から湧き上がってきたのでそのまま送った。


すると、


「うんうん。。。。あるよね。真ん中から溢れ出るとき。なんかあったら言ってね。みんなにとって大切だよ。」


と、返事。



あったかい言葉だけど、でもでも、そんなに衝撃的な一言ではないと思うんだけど、



けどけど・・。


けどけど・・。



なぜか、



     大号泣した私。




35歳の女子がこともあろうに、
まるで嘘くさいドラマのワンシーンみたいに、
ずっとせき止めていた濁流が一気に決壊したみたいに

おいおい泣いているんです。


手はわなわな震えて、
全身で泣いていました。


無意識で閉じこめていた「本当」のちっちゃい情けない弱い自分が溢れ出てきたようでした。



本当は傷ついているのに、体のいい理由をつけて理解したつもりになって、
本当は悲しいのに、ポジティブ装って、
本当は悔しいのに、感謝してみたり、
本当は壊れそうなのに、笑いながら強気の口調たたいてみたり。






そういえば、

何年か前にもこんなことがあった。


ある人に言われた言葉。


「お前は優しい。
そしてその優しさはきっとたくさんの人に利用されてきたよね。

そして傷いてきたよね。
そしてお前は「いい経験をさせてもらった」とか「勉強になった」とかいって前向きに処理してきたと思う。


でも、それじゃダメなんだよ。
早すぎるんだよ。
悲しいことにはちゃんと悲しいと向き合ってちゃんと癒さないとダメなんだよ。」



この時も、同じだった。
なんだろう、
不意に魂の着火点に火をつけられたみたいに、
いきなりダムが決壊したみたいに、

自分自身の意思とはうらはらに、
うわーん!!と涙が出て涙が出て、
心の奥底から出るような苦しいほどのしゃくりが止まらなくなって
全身が震えて泣いた。


私は今まで自分がそんな風に生きてきてるとは思ってなかった。
そんなことをもバネにして前向きに生きてきたと信じてきた。


だから、そんなふうに、やっと肯定しましたといわんばかりにおいおい泣いた自分にすごくびっくりした。



そして、そのあとに言われた言葉。


「傷をちゃんと治さずに、傷の上に絆創膏を貼り重ねてきたから、
いつまでたっても傷が治らないままなんだ。

今からでもやらなきゃいけないことは、
絆創膏をひとつひとつはがして、ちゃんと傷を剥き出してちゃんとその傷にむきあうことだよ。」


またひとしきり泣いて、

そして、なるほどとそのことについてよく考えた。


それからの私は、自分が弱い人間だということも認めて、
そういう心の傷と向き合う作業を自分なりにしてきた。


そして、嫌なものは嫌と怒り、
悲しいときは悲しいと泣き、
理解できないときは理解できないことを伝え、
自分の気持ちに素直に生きてきたと思う。



なのに、なんで?


なんで、今こんな風にまた泣くのあたし?



・・・・

・・・・



いや、



してきたかな?


・・・・


やっぱりさ、

それが相手にとってとか、その関係性においていいことだと思うときはできるんだけど、



でも、それが相手の幸せにつながらないと思ったり、
傷つけるのかなと思ったり、
重荷になったり、心配させるのかと思うと、


反対の態度とったり、
なんでもないふりしたり、


・・・そういうのを過剰にやっちゃっていたかも・・


ああ、そうだね。

そのかけ過ぎた負荷が、心の膿となって溜まっていたのかもね。

そんな昔のこと思い出したりして、
また泣いてみたりしながら

いろいろ考えて辿り着いたのは、


素直に生きることと理性(大人として生きる)のバランスは難しいね。」




自分が人にあてたメッセージがまた自分の元にそのまま戻ってきた。


不意にぽろっと出た言葉が、意外にも自分自身の真髄だったのね。




やっぱり100%感情に素直になんて生きれない。
(たまにそういう人もいるけどさ)


この素直と理性のバランスを試行錯誤していくというのが「生きてく」ことなんだろうなぁ。。と思った・





その夜も、激しい頭痛と腹痛に恐怖を感じながら夜を過ごしたのだけど、


翌日目が覚めると

まるで、嵐が去ったかのごとく身体の苦痛はすっきりと消えていた。


で、鏡みたら心なしか目が澄んでいた。(笑)



なんだったんだろー。

風邪じゃないし、インフルエンザでもなかったはず。


・・・意味ある病だったんだろうな。





・・・てか、
ひとりだったら今回こんな作業にならなかったよね。


いろんな人の言葉によって、心の膿を切り開かれて出された。



本当にみんなありがとう。

本当に本当にありがとう。


つぶやきに反応してくれた友。
膿出し話に延々つきあってくれたyuko、夜心配して電話してきてくれたyasuko
個別にもメールくれた愛する仲間たち。

本当にありがとー


そして、ツイッター及び、寝床でもこんなにみんなとつながれるiphoneを開発した関係者皆々様、
文明の発展に貢献してきた人類までもに感謝でもあります。




去年も死ぬような目にあったのはちょうど今頃。
(→去年の死にそうだったときの記事(てか、去年の日記読み返してみると、ほんとに気持ちの動きからなんやら一緒やね・笑)



その後にいろんなものが変わっていった。


今年も何か変革が起きる時なのかもしれない。


膿は涙と一緒に流れ出された。


綺麗になった(と思われるw)器にこれから何かが入るんだろう。


なるべく心を素直にして来るべきものを素直に受け入れて
しなやかに変化の波に乗っていこうと思います。










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