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◉2009/06/07◉ 結婚式☆シドニー
結婚式当日。

式は小さなかわいらしい教会でした。

そうそう、Honorのお相手はヨシ。
日本人なのです。
つきあった当初4.5年前の波瀾万丈な話からずっと聞いていたので
ヨシの粘り強さのおかげで今日の結婚式もあると思うと
そんな粘り強い日本男児ヨシに大きな拍手も送りたい気持ちでした

クールな印象で正直ちょっと絡みくいなぁと思っていたのですが
式当日、緊張して顔が固まっているを見ると、ヨシの新たなかわいい一面を見た感じで
うれしくもありました。

ヨシのご両親にもご対面。
すごくやさしそうなお父さんとかわいらしいお母さん。
正直、そんなヨシのクールなところが気になってて「大丈夫かなっ」と心配もあったのですが、
こんな素敵なご両親に育てられたヨシは
きっと芯は純粋で優しい人なんだろうと思い安心しました。

結婚式の楽しみは相手のご両親に会うこと。
友達の結婚相手のことがよくわからなくても、ご両親に会うことによって
「この人なら大丈夫」
と安心して大事な友達を嫁に出せる気分になるのです
さぁ、
ヨシの緊張も頂点かと思われる頃、
Honorがパパと一緒にバージンロードを歩いてきました!
謙虚な彼女らしい、シンプルでかわいらしいドレスでした。

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ううっ!!
感動!!

わたしはいつも、友達がウェデングドレスをきてバージンロードを歩く姿をみると涙がぽろぽろ出てきててしまいます。
あまり親しくない友達の結婚式もしかり。
男友達のタキシード姿もしかり。
なぜでなんでしょう。
大きな決断をして今幸せになろうとする姿に勝手に感情移入して、感極まってしまうのでしょうか。。


神父さんがでてきて、
式がはじまりました。


神父さんに二人の永遠の愛を問われて、

Honorはすごく真剣なまなざしで、力強く「yes」と答えていました。
まるで、自分自身に誓うかのように。

そして
互いの両親と一緒に
誓約書にサインをする。

IMGP3391.jpg



日本の教会の結婚式でも同じような事を見てるのですが


なんだか、
本場(?!)外国の教会だからなのか
Honorの力強い答え方がすごく新鮮だったのか、


そんな一部始終をずっと見てたら

ふと、


改めて「結婚は誓約なんだ」
と思いました。


結婚式の誓いの言葉で
「健やかなる時も、病めるときも共に助け合い、愛することを誓いますか」
とよく一般的で有名なフレーズがありますが

早い話「いかなる、どんな状況であれ、愛し続ける」
という「誓約」なんだなぁと思ったんです。
病めるって体だけが病気の時ばかりでなくて
たとえば、相手が意地悪になろうとも、冷たくなろうとも
そんな愛し難き状況も、「病めるとき」として愛し続ける努力をしなければいけない。と。


「結婚式の誓いの言葉、あれ、暗記するの大変だよね」
人の前で、どうかっこよく言えるか、間違えずにいえるか、、、
まさに、俳優としての仕事を全うするかのごとく式に臨んだという経験談はよく聞きます。
実際、私も「形式」、、という感覚でさらりと見てきました。


もちろん、みんな真剣にその誓いの言葉を発してるんだと思いますが、
どれだけの人が、その発する言葉の意味を本当に深く考え、思いを込め、責任を持って発しているんだろう。
と、ふと思いました。
そして、
どれだけのひとが、それが式だけのものではなくて、日常の結婚生活でも意識しているんだろうと。


結構、「気持ちが冷めた」「生活のすれ違い」
恋愛の延長のような離婚理由とか夫婦不和の理由をききます。

はたして本当に「誓約」を果たした上の結果でそうなったのか、、、

「誓約」をした責任感をどうみんな感じているんだろう。


そんなことよりも、
誰かが作り上げた都合の良い常識のほうにのかっちゃっているような気がしてしまいます。
「結婚なんて、夫婦なんてこういうものだよ」
「浮気は男の甲斐性だ」
「亭主元気で留守がいい」
etc,etc,,, いろいろありますよね☆


そして、
インドの旅の相棒、ユウコパパの話を思い出しました。

みんなで談笑しているとき、知り合いの人の浮気話になりました。
私はユウコパパに言いました。

ミ「ママ以上に素敵な人なんてなかなか存在しないから、
結婚してから今まで、よそに目がいくことなんてなかったでしょうね~。」
(ユウコのママは黒木瞳バリにすごくきれいで、かわいくて素敵な人なんです

パ「うん、ないよ。
でもね、別にそれはママがどれだけ美人とかどうとかって問題じゃないんだよ。
私は結婚式の時に、ママを幸せにするって、神様に誓ったからね。
神様との約束だから。
神様との約束を破るなんてことはできないよ~。
だから、今も時々幸せかどうか聞いてるんだよ。
ママが幸せじゃないと感じることがあれば問題だからね。
そのときは、原因と解決策を見つけて、幸せにするようにがんばるつもりだよ。」


「あたりまえのことですが、何か?」

という感じで、
さらっと話してくれたユウコパパに感動しました


こんなに
「誓い・誓約」を結婚して30年経つ今も意識している人の話は初めてでした。


離婚率が年々増加している現在


結婚式のシンプルな誓いの言葉に沿った結婚、、
「健やかなるときも,病めるときもお互い助け、愛し合う」
意外にそのシンプルなことが本当にちゃんとできてれば、
夫婦の不和も、離婚も軽減するのでは、、と思いました。

「つきなみなこと」、、
それだけみんなが口にすることだからこそ意味が深いはずなのに、
「つきなみなこと」は
挨拶と化して、意味をなさないものになっていたり、
新鮮さがないから意外とみんなその言葉を受け止めたつもりで受け流してると思う。

シンプルなことほどこそ、
実は奥が深くて真に会得するのは難しいもの。
そして、
そういうシンプルなことに対する努力をお互いにする意識さえあれば
愛情はきっと少しづつでも育っていくのでしょう。


そして、結婚式。

式は神社か教会か、、
誓いの対象を選ぶというよりは、ドレスを着たいか、着物を着たいかで選んでいる人が大半だと思います。
通常は宗教によるのでしょうがある意味無宗教な日本。
せめて本気で誓いたい対象として選ぶということがもっとあってもいいのかな、と。

小さいころからあたりまえに見てきた慣習という感じで、
深く考えたことはなかったですが、
改めて結婚式を神の前で誓うということははほぼ全世界共通ということを考えると
「神に誓う」わなければいけない意味の深さも考えてしまいました。

血の繋がっていない他人同士。
恋愛感情で結ばれた男と女。
もろいですよね。
私は恋愛感情は冷めるものだと思っています。(愛情は育てられると思ってますが)
だから「神に誓う」ことが必要なんでしょうね。

結婚が、二人で届けをだすだけでなくて、
人をたくさんあつめて結婚式をするという本来の意味もそこにもあるんだろうと思いました。(人前式の意味も)
(ときに親族、友人は神様の存在よりも威力ありますからね
二人だけだともろいから、みんなで絆を深めてあげなきゃいけないんですね。


その言葉を発する本人。
受け止める人たち。
両方真剣でありたいですね。

その華やかな儀式の真髄にあるのは、
神様と、自分の大事な人たちに誓う重く神聖な儀式であるということを私たちは再認識するべきではないかなぁと思ってしまいました。


今まではお祝いに駆けつける意識だけでしたが、
これからは承認者としても真剣に臨まなければいけない、、と
思ってしまいました。


Honorの真剣で力強い言葉を聞いて
そんなことをふと思い、
自分にもいつか来るかもしれないその日を思い
ふと気が引き締まるのでした


とにもかくにも
大好きなオーストラリアと日本を結んだ二人に幸あれ!!
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