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◉2010/12/01◉ コーダホテル。
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Madaba - 59


アンマンには有名な日本人宿がある。
それは、「マンスール・コーダホテル」

このホテルをダハブであった日本人旅人に紹介されたとき、ふっとある人の事を思い出した。

「コーダ」


すると、その日本人旅人が続けた。

「このホテルのオーナーは、あの香田生証さんを世話した人でね、
あの事件の後胸を痛めて、彼の名前をホテルの名前にしたらしいよ。」


ああ、まさしくそうだったんだ。


香田証生さん。


会ったこともない彼だけど、
私の心に刻まれて、忘れられない人の1人なんです。
バックパッカーの多くが、記憶に刻まれる事件だったのではないでしょうか。


2004年。

イラク戦争の最中、バックパッカーの彼はイラクに乗り込んだ。
そして武装勢力に拉致されて自衛隊撤退要求の人質になった。
当時の首相小泉さんは「自己責任」と、を要求を拒否し
そのあとすぐ彼は殺害された。

「自己責任」という言葉が流通したのはこの時の事件がきっかけだった。



同じバックパッカーとしてすごくショッキングなニュースだった。


その3ヶ月ほど前、
ちょうど私は北インドの戦地まがいなカシミールに入ってしまって
拉致まがいの命を落とす可能性すらあった目に遭ったばかりだったので、
さらに身震いしたのだった。


その時世間は「自己責任」「自己責任」と香田さんを誹謗中傷するような報道が日本中でされていて、
その報道に乗っかるように、日本中で彼を「バカだ、バカだ」と誹謗中傷する世論にわたしは疑問でいっぱいだった。


それはただ単に自分にも起こりえる事だと、香田さんを同情したからなのか。


そんなとき、
会社の同僚に彼の殺害映像を見せられた。


大ショックだった。
大ショックだった。

気分が悪くなって、食欲もなくなって、しばらく重い気持ちをひきずっていた。


世界への好奇心が止まないバックパッカーとして、この事件は自分にも起こりえる事だと思った。

「自分だけは大丈夫」と好奇心に身を任せてしまいがちな自分に
この彼の事件と映像の記憶は、今後の自分自身へのブレーキになるだろう。。。と、

幸田さんに感謝して、彼の冥福を祈った。



それからも時折彼の事を考えて、その度にあの映像が何度もフラッシュバックしている。



あれから6年。

今回、アンマンで「コーダホテル」に泊まることになって、
香田さんに再び触れる事になった今回になにか感慨深いものを感じた。


彼がどういうルートをたどってイラクに入ったのかは知らなかった。
イラクへはアンマンから発ったとも知らなかったから、この地に入っても彼を特に思い出すことはなかっただろう。

この宿の事を紹介して説明してくれる旅人に会わなかったら、この宿には来なかったかも知れないし、
宿泊したとしても、幸田さんと関わりのある宿だとも気づかなかったと思う。
(特にホテルには写真とか、彼にまつわる何かがあるわけではない。)


amman - 13

こうやって日本人旅人が集まって談話してるときにも、
香田さんもこうやって日本人とイラク行きを話したりしていたのかな、、と想いにふける。



実際に彼が宿泊したのはこのホテルの向かいの「クリフホテル」というホテルで、
そのオーナーのサーメルさんという人が直接彼を世話した人らしいんだけど、残念ながら彼は日本人の女性と結婚して今は日本にいるということで会えなかった。

サーメルさんはパレスチナ人であるというから、また興味深い。


コーダホテルは、サーメルさんが友人と共に作ったもうひとつのホテルとか??
んー、ちょっとこの辺はあやふやですが、
こちらにはルアイさんというサーメルさんの友人がかなりの親日家として働いているんだけど、彼は直接幸田さんの事は直接知らないとの事だった。

幸田さんを知る人に話を聞いてみたかったので残念。

amman - 14
日本人を愛し日本人の味方に徹してるルアイさん。彼もパレスチナ人


そんなとき、
カイロで会って、ダハブで再会。そしてここアンマンでも再会した縁ある中山さん。
彼も香田さんの事をブログに書いていた。ちょっとびっくり。
(→中山さんのブログ


そしてまたさらに彼の事を考えさせられた。



イラクに向かう前にここで香田さんと出会った映画監督が聞いたという彼の言葉。


「世界はどうやったら平和になるんでしょう」

「戦争を知らずに平和は築けない」



彼はヨルダンの前にはイスラエルを訪問していたという。


実は今このブログを書いている今、私はイスラエルにいる。
「戦争」というものを深く体感させられる国だ。


私は彼が興味本位だけでイラクに乗り込んだとは思えない。



「戦争」を考え、「平和」を築きたい想いゆえにとった行為であることは確かだと思う。

イラクに乗り込むことは、
国を巻き込む事になるとは想像していなかったとしても、
身の危険にさらされることぐらいは覚悟していただろう。

それでもそのイラクに乗り込んだ彼。

そんなリスクを負っても、彼をそこに向かわせた想いは消して薄っぺらいものじゃなかったと思う。






ちっぽけな1人の人間が、自分のプライぺートの欲のためでなく、
純粋に「世界の平和」に向かってとった行為。



たしかに、無謀で無責任な行為だったと思う。


ちっぽけな彼の好奇心と正義感が結果的に国まで巻き込み、自分の命すらおとしてしまうという大事になってしまったので、彼の行為は叩かれるべきものでもあると思う。


でも、
「自己責任」「自己責任」と、事の結果論から日本中が香田さんを徹底的に責めたてるという風が巻き起こった事はなにか悔しさのようなものを感じてしまいます。



彼がジャーナリストだったら養護されたのか。
彼が報道カメラマンだったら英雄になれたのか。




たとえ無謀でも、

たとえ稚拙でも、

たとえ結果的に国を巻き込む結果を起こしてしまったとしても、


純粋・真剣に「世界の平和」を考え、
まず真なるものを見ようと自分の一歩を踏み出した彼の行為は、


少なくても、

自分のプライベートの世界をよくすることだけしか考えずに生きてる人よりも崇高なものじゃないかと思いました。


6年ぶりに彼に触れた今回、思いました。



香田証生さん。
名前の通り、「生きた証」を残した人だなぁと思いました。







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