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◉2009/04/03◉ インドへ戻る。
ネパールからもう少しで脱出というところで
バスがガス欠。

バスが動かない。
ここはどこ?

見渡す限り、何にもない。

ミドル オブ ノーウェアー

どうやってボーダーまで行けばいいんだ~??
しかし、なんということか
一緒のバスに乗り合わせたインド人のお兄ちゃん。
しかも、
前日ユウコが
「寒いから窓閉めてくれない?」とクレームをだしていたのにもかかわらずのやさしいオファー。

「僕たちについておいで!」
とさわやかな笑顔でわたしたちの地獄に光をさしてくれた!

私たちをリクシャ(人力車)に乗せてくれて
自分はバスに乗せてきたマイ自転車で隣から走ってくれた!
家族と一緒にきていたのに、家族はバスを降りたところで待たせて私たちを無事にインドのボーダーまで連れて行ってくれるという!

天からのお助け!


この兄ちゃんはインド人だけど
カトマンズ生まれ、カトマンズ育ち、心はネパール人のインド嫌い(笑)


掘っ立て小屋みたいなイミグレーションで出国手続きを済ませ、
そのままリキシャでゲートをくぐり、
国境の橋を超えてインドのイミグレーションへ。

うそみたいなひげをはやすインド人のおっさんの入国審査を終わらせ、
つぎなる目的地、はブッダが悟りを開いた場所「ブッダガヤ」
そこへの中間地、「パトナー」を目指すためそのままバスパークへ向かった。

このインド人のお兄ちゃんもさわやかにバスパークまで
隣で一生懸命チャリをこぎながら送ってくれた。
家族のもとに戻るまで、自転車で3,40分はかかるだろうに。。。
本当に面倒見のいい人で、
しかもイケメン(笑)
かなり私たちの切ない状況が緩和された
彼は22歳という。
とても22歳の振る舞いとは思えないしっかりした青年だった。



ボーダーまでのバスはトラブルで遅れたが、
幸い、パトナー行きのバスは今発車する所だった!
ラッキー!!

兄ちゃんとお別れをして
バスに乗り込む。


このバス、またひどい!


我々は、運転席の隣の横並びの席に座らされた。
もたれるところはない。
そして、道がひどいったらありゃしない!

何度も陥没した道をはねるように走る。
インド、ネパールの旅も2週間がすぎたが、不快なものは不快である。

しかし、
ありえないことに我々鈍感な女二人は
眠さと疲労が勝ったのか、
そんなありえない状況で寝まくっていていた。
もたれるところもない、ジェットコースターのような道で私たちの頭は
さぞかしロックコンサートのごとく頭をゆさぶりまくっていただろう。

ホコリにまかれ、
くっさい排気ガスにまかれ、
このバスと、行き交うバスやトラックのクラクションに脳天をぶちぬかれながらの旅。

途中の休憩で、
トイレに行きたいというと
お店の奥につれていかれ、、、
案内されたのは。、、



ただの畑だった。



その奥のどこかにトイレらしき建物を探そうとしたが、、

ただの畑しかなかった。



おとこどもは一斉に、畑に肥料をといわんばかりに放尿していた。
ユウコはそんな光景に唖然。。。

「我慢する。。。」と棄権。


私は、もう昨日からの旅で無になっていたので、
羞恥心もない。

郷に入れば郷に従え。


インド人に見学されながら用を済ませる。

そして、
また、
ひたすら無になり、
自分は貨物であるかのごとく
人格を消し、
またホコリにまかれ、でこぼこ道に体を飛ばせながら
その後8時間の怒涛のバス移動を終える。


後から聞いた話だと、
うちらが爆睡している間にバスが2台ほど横転していたという

「インド人の運転スキル、テクニックってやっぱただものではないんだ~」
って思っていたけど、
やっぱり危険なものは危険だったのね

何はともあれ、うちのバスが無事であったことに感謝ーーー!!


バスの運ちゃんもかわいかったし☆


やっとインドの町に落ち着いた。
あまりにもの疲労で、このままブッダガヤまでの旅は危険だろうと、
このよくわかんないパトナーという町で一泊することにした。

一緒のバスにのりあわせていた日本人の良太君と三人でオートリクシャ(バイクタクシー)をシェアして安宿街に向かう。

しかし、なんとどこのホテルにも断られる!
なんだこの町?

一件だけ、空いてるといわれて部屋を覗くと、
従業員部屋のようなうっそうとした部屋に、
バスルームにはでかいゴキブリ様たちがガンを飛ばしていた。




無理。


このころ私の体力もかなりダウン。


しかし、こんな町にいてはエネルギーを根こそぎ吸い取られると
結局今晩ブッダガヤを目指すことにした。

良太君もこのまま次の目的地のコルカタに目指すと一緒にチケットをとりいく。

わたしがかなり衰弱してきたので、
やさしき良太君は荷物をもってくれた

一児のパパという彼。
息子の名前は「旅人(たひと)」君
写真をみせてもらいかなり癒される。
彼自身の放つゆるいオーラにもとても癒された。

人の出会いはありがたい

ちょっと元気になって次の目的地へ電車で向かう。
ガヤという駅に着くのは夜中の12時。
夜中につくのは危険だけど、もうそれしか方法がない。
再インド初の宿はブッダガヤまでもう一息の「ガヤ」となった。
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